この工場が好きだから、 また戻ってきました。 この工場が好きだから、 また戻ってきました。
笠原 崇之
Takayuki Kasahara
株式会社新昭和 生産品質管理本部 製造課 2017年中途入社
前職:鉄鋼メーカーの製造職
現職:木材加工
何より大切なのは、
家族や仲間とすごす時間。
高校を卒業してから10年以上、家業の土木関係の仕事に従事してきました。手に職をつけようと、フォークリフトや、玉掛け、天井クレーン、小型移動式クレーンなど、さまざまな資格を取得してきました。一生懸命体を動かして稼ぐのが、自分のやり方なんです。父が亡くなって家業を畳むことになったとき、契約社員として入社したのが新昭和の袖ヶ浦工場でした。知人から聞いていた通りの温かい社風で、とても居心地が良かったのですが、契約期間満了にともない転職することに。この工場を去るのはとても残念でした。
転職先は3交代の工場。夜勤手当は魅力的でしたが、その2年間は周囲と生活リズムが合わず、家に帰っても妻と娘に会えない日々が続きました。友人とも少し疎遠になってしまい、時間はお金じゃ買えないと痛感したんです。そんな折、新昭和の元同僚から「工場に戻って来ないか」とお誘いがありました。辞めてしまった私のことを、ずっと気にかけてくれていたんです。それがすごく嬉しかった。今度は正社員として再入社しました。
チーム一丸となって、
家づくりの心臓部を担う。
工事課からの依頼を受けて、マルチカットソーという機械で、垂木や妻壁といった小屋材を加工するのが私の担当業務です。加工済みの木材は現場へ搬入され、住宅として組み上げられていきます。そのため木材加工は、家づくりの起点であり心臓部。第一走者として、現場にバトンを渡す仕事にやりがいを感じています。
マルチカットソーはとても繊細です。木くずがたくさん出るため、2日に1回のメンテナンスが欠かせません。横着するとすぐ故障するので、相棒の機嫌を損ねないよう、いつも大切に扱っています。今でこそ慣れましたが、最初の半年間は本当に苦労しました。ひと口に故障といっても、機械のエラーパターンが100通りくらいあるんです。トラブルに見舞われた際は先輩から聞いたり、自分で調べたりして、対処法をメモ帳にひたすら書いて覚えました。教える立場になった今でも見返しますし、日々新たに学ぶことを書き留めています。このメモ帳は、つねに肌身離さず持っている大事な仕事道具です。
助け合いの文化がある
働きやすい工場。
自社直営工場のため、無理のない生産計画のもと、仕事に打ち込むことが可能です。もちろん、プライベートの時間も大切にできます。家族との予定がない週末は、よくサーフィンに出かけています。自分で言うのは気が引けますが、そこそこできるほうだと思います(笑)。一宮、片貝、大原、御宿、鴨川。慣れ親しんだ房総の波に乗るのが、最高の楽しみです。
工場勤務というと、大変なイメージがあるかもしれません。でも少なくとも、新昭和の工場では違います。作業着が汚れることもありませんし、肉体的にきつい場面もありません。それに、人間関係がとても良くて、助け合いの文化も根づいています。わかりやすい例を挙げると、自分の仕事が終わったからといって、先に帰る人がいないんです。持ち場ごとに仕事内容も進み具合も違いますが、終わった人は当たり前のように、チームの枠を越えて仲間を手伝います。情に厚いメンバーばかりなんでしょうね。私自身、この工場で働きつづけているのは、人間関係がとてもいいからです。だから、求職者の方にはこう伝えたいんです。この工場にはチームで助け合う文化があります。皆さんを、全力でバックアップするつもりですと。